紀伊半島の環境保と地域持続性ネットワーク 紀伊・環境保全&持続性研究所
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 里地里山における生物多様性保全とその利用について

生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)の開催

 今年10月に名古屋市で生物多様性条約第10回締約国会議(COP10が開催される。生物多様性条約は、1992年にブラジルのリオデジャネイロで開催された地球サミットで採択されたが、この条約は、世界における生物多様性の保全と持続可能な利用、および遺伝資源の利用から生じる利益を公正かつ衡平に配分することを目標としている。COP10では、医薬品などの生物資源を利用して得られる利益を企業と原産国で分け合う「遺伝子源の取得と利益配分」のルール作りなどが話し合われる予定である。

 「自然の叡智」をテーマとし、「環境にやさしい愛・地球博」として開催された愛知万博を引き継いで、2010年のCOP10が愛知県・名古屋市に誘致された。開催に合わせて愛知県、名古屋市は生物多様性に配慮した地域作り、まち作りのビジョンを、それぞれ「あいち自然環境保全戦略」、「生物多様性なごや戦略」として定め、生物多様性に関する各種イベントの開催、生物多様性の現状調査等を行っている。

日本政府はCOP10で、自然と人との共生環境である里地里山の自然・生物資源の保全と持続可能な利用のモデルを示し、「SATOYAMA(里山)イニシアチブ」と名付けて海外の参加者へ提案・発信しようとしている。これと併せて国内的には、「里地里山保全・活用行動計画」をCOP10に向けて策定するが、この中で、地権者、NPO、行政等が取り組む里山の保全や活用策の指針作りや、国による指導者の派遣、財政支援策が示されるという。

里地里山の生物多様性の危機

 一方、現実には、第3次生物多様性国家戦略(200911月閣議決定)に示されるように、近年における化石燃料や化学肥料依存型の生活・生産様式により、里山の樹木、竹、下草などの定期的な伐採・除草と再生のプロセスが放棄されたために、里地里山という半自然、中程度の人為的攪乱という特性を有する里地里山生態系が損なわれ、そこに生育・生息する生物の多様性が危機に瀕していると言われている。

 また、水田生態系は、先史時代に自然河川の後背地として存在していた氾濫原・湿地の代わりを果たし、水生生物をはぐくむ役割を果たしてきた。しかし、最近は、水田地帯の基盤整備が進み、水田の冬期乾田化、水路の3面コンクリート化、農薬使用などにより、多くの水田で、かつてのような生物の賑わいが失われている。

 これらは全て生活の利便性、生産の効率性を含む、経済的理由から生じているものであり、止むを得ない面がある。現在、里地里山の生物多様性の保全は、経済外活動として農家による生物に配慮した農地・農業用施設の管理、市民のボランティア活動、行政の環境保全施策等によって支えられている。

 農業用ため池が有する水生生物の多様性保全機能

 ところで、里地里山の生物多様性保全のうちで、水生生物の保全には、農業用ため池、および年中枯れることのない用排水路や河川が水生生物の生息地、水田への供給源として重要である。農林水産省は2010年3月に「全国ため池百選」を発表し、ため池の生物多様性保全機能を含む多面的機能の理解増進を図っている。東海地域では、愛知県4カ所、岐阜県1カ所、三重県2カ所がため池百選に選定された(左の写真:片田・野田のため池群の一部)。農家の高齢化、過疎化などにより、将来的にはため池管理に農家以外の参加が必要となることが想定されることから、非農家ボランティアの参加を含めた、ため池の多面的機能への理解と関心の醸成が図られている。筆者は、最近、三重県津市にある6か所の農業用ため池でトンボの種数を調査したが、2か所のため池で25種が観察されたのをはじめとして、いずれも20種以上が観察された。これらのため池は、いずれも池の周囲に雑木林や水田があり、多様な植生・土地利用・空間が存在しており、ため池と周辺環境とが一体となった生態系がトンボ等の水生生物の生息環境として機能していることを実感した。

 里山の荒廃と生物資源の利用へ

 一方、里山では竹林があちこちの丘を覆い尽くしてはびこり、内部には人が立ち入れないほどになっている(下の写真)。また、雑木林の樹木が伐採されないまま大木となり、林床にはササなどが生えて鬱蒼として入り込めないような状況が多く見られる。かつては、林床には零れ日があたり、下草が燃料や堆肥材料として利用されていた時代に見られたカタクリなどの草花はほとんど見られなくなっている。このような里山の荒廃を適度な管理の入った状態にするには、雑木、竹、下草などの生物資源を利用していく方策と仕組み作りが必要である。

 里山の雑木林を構成するクヌギ、コナラなどは、かつては薪炭、椎茸の原木などに盛んに利用されていた。これらの樹木を定期的に伐採し、15年〜20年かけて再生させて持続的に利用するシステムは、おそらく弥生時代以降に作られてきたものであり、伝統的に、木材、薪炭、シイタケ原木、日常工芸品材料、堆肥材料等として利用されてきたが、最近はペレット化、チップ化、ガス化、家畜飼料化といった多面的利用の技術開発が進んでいる。

 里山の生物資源は、化石資源との競合により経済的に採算が合いにくいこと、里山が散在し負存量が限られること、環境保全の一環として伐採が行われるので皆伐など効率的な作業をしにくいこと、環境管理面からの作業も伴うことなどから、収益事業としては成り立ちにくい。このために現在は、NPOや任意団体、個人事業者などが実施している例が多い。また、全国各地で環境パートナーシップの下に、企業、行政、NPOが参画し、協働して里地里山の環境保全・環境教育の取組みを行っている例もある。 

里山の生物資源の利用を進めていくためには、雑木林と竹林の地域的な負存量と位置の把握、生物資源の利用と里山管理方法の策定と仕組み作りを進める必要がある。実施主体は、林業家、企業、NPO、任意団体、個人事業者、あるいは環境パートナーとなるが、生産から消費まで、すなわち、地権者との利用契約、伐採と運搬、二次加工品の生産と品質管理、生産技術・ノーハウの向上と効率化、設備導入、販路の確保、人材の確保と育成(経営者と専門家、職人)といった重要事項を一連の流れとして捉えて事業を計画し実施することが不可欠である。

 日本が世界に向けて、生物多様性の保全と利用のモデルとして、里山をアピールするためには、里山の生物資源の利用を通じて持続的に里山の管理がなされ、同時に生物多様性が保全されていくというモデルを提示するとともに、それが机上のプランにとどまらず、実際に各地で持続的に事業が進展している実例を示していくことが重要である。     


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